2021/10/27 19:00

ついにきました。わが愛しのラフロイグ。私だけでなくチャールズ皇太子の御用達モルトで、シングルモルトウィスキーのなかで初めてロイヤルワラント(王室御用達)として認められたウィスキーです。ラベルに記された紋章、『プリンス・オブ・ウェールズ』とよばれる3本のダチョウの羽と王冠がモチーフになった紋章がその証です。新商品が出ると必ず試飲されるんだとか。

ラフロイグ蒸溜所にも何度もお邪魔しました。まずは初めて伺った時のことを写真でご紹介いたします。
また、この時の出来事を再現ドラマとしてYouTubeで同時刻に公開致しました。詳細は後半で。
ラフロイグ蒸溜所はもちろん海沿いに建てられていて、小さな湾のようになっています。船着き場として利用していたのでしょう。
まさにラフロイグという名前は『広い入り江の美しい窪地』という意味だそうです。

まずはラフロイグの歴史から一般ツアーはスタートします。

そしてフロアモルティングが行われる部屋です。この部屋が…

…大麦で敷き詰められるとこんな感じです。同じ部屋が何階にも重なって設けられているのでこれは別のフロアの写真です。

そしてなんとこの蒸留所では実際にピートを焚いている部屋にも入れてもらえるんです。もちろん床にはモルトがびっしりと敷かれているんですが。土足で乗っちゃっていいのでしょうか。。もちろんこの後蒸留するわけですから熱処理もされるとは思いますが、少し気が引けました。ここは海外ならでわですね。

中はこんな感じです。こっちは煙は焚いていない方の部屋です。

これがは先ほど煙が上がっていた部屋の真下です。茶色い土みたいなものがピート(泥炭)です。このピートをシャベルで放り入れて燃やしていくことにより煙を出し燻していきます。

ラフロイグのマッシュタン(糖化槽)とウォッシュバック(発酵槽)です。ステンレス発酵槽ですね。

ハッチを開けてもらい、中をのぞくとブクブクと泡が立っていて発酵しているのがわかりますね。熱したビールのようないい香り(私にとってわ)がします。

発酵槽から直接ではないですが、ここでも麦汁と発酵した液体とを飲ませていただきました。決して美味なものではありませんが、これがウィスキーになるのかと思いをはせるとほんと美味しいんです!

ポットスチル!凛々しく艶のある色ですね。横一直線に建ち並ぶ姿は圧巻です。手前がランタン型、奥はストレートでしょうか。

蒸留器も多いのでスピリッツセイフは大きいですね。実にかっこいい。厳重にカギがかけられています。

そしてここが樽詰めする場所。このホースから生まれたばかりのウィスキーが流れてきます。ニューポットを樽に入れて栓をしていく作業場です。

そしてこのあと熟成庫で永い眠りにつくんです。熟成にはファーストフィルのバーボン樽しか使わないというこだわりがあります。

ちなみにスコッチの熟成にはシェリー樽やバーボン樽などの古樽を使いますが、その樽をウイスキーの熟成用に初めて使うときに「ファーストフィル」と呼ばれます。ファーストフィルの場合には古樽の前に入っていたお酒の成分が残っているため、樽詰めしたウイスキーに与えるフレーバーの強くなります。

ラフロイグ10年ができるためにはここで10年もの間眠っているんですね。すごくロマンを感じさせます。

これがラフロイグ蒸溜所です。こうやってあのパンチのあるウィスキーが造られていくんですね。いつも美味しいウィスキーをありがとう。
最後にラフロイグのキルン棟です。真ん中の屋根が三段重なっているような煙突です。

そしてお待ちかね、蒸溜所見学の後はテイスティングターイム!!
どうやってこのお酒が造られていくのかを見た後に、その場で飲むのは格別です。

それぞれに合ったチーズやチョコレートと一緒に出してくれました。

そして欧米人のノリに改めて感心しました。

例えば日本の蒸留所に見学に行ったとして、同じツアーで蒸溜所巡りをしたとして、もそれまで見ず知らずの他人と、テイスティングの時にがっつり仲良くなることなんてまずないと思います。

しかしこっちでは何かと気軽に話しかけたりします。テイスティングでお酒が入ったりすると特にですよね。同じ時間を共有して蒸溜所を見学した、言わば戦友です。そんな気持ちがあるのか、ないのか、はわかりませんが。テイスティングが終わるころにはすっかり仲良くなって肩組んでたりするんですね。

本当に素晴らしい習慣だと思います。

この様子を、思い出しながら再現ドラマを作ってみました。まだまだドラマと呼べるほどのものではありませんが、新たな挑戦です!

最近YouTubeドラマの撮影に参加させていただき、感化されて作ってみました。よろしければご覧ください。

再現ドラマ.01 ~ラフロイグの巻~

アイラ島で30歳の誕生日を迎えた後のことでした。写真を見るまですっかり忘れていましたが、ここで30年物をいただいていたんですね。